あなたには自分を生きる力が在る!
「自然派」「ナチュラルな生き方」を大切にしている今の彼女からは想像しにくいけれど、その出発点は、まったく逆の世界にあったという。かつては科学の最前線に身を置き、人が生み出した最新の技術に触れる日々。そんな彼女が、なぜ食といのち、そして「自分を生きる」というテーマにたどり着いたのか。心理セラピストとして活動する今、これまでの歩みをやわらかな言葉で語ってくれた。
「二十歳まで生きられるかわからない」と言われて
体の弱い子どもではあったものの、ふつうに元気に過ごしていた小学生時代。けれど学校の健康診断の尿検査で毎年のように異常が見つかり、大学病院での検査の結果、腎臓の病気「IgA腎症」と診断された。十二、三歳の頃のことだ。「二十歳まで生きられるかどうかわからない」とまで言われたという。
部活が楽しくなり、好きな人ができ、将来の夢が育っていく——そんな年頃に、彼女は将来を思い描くことができなくなってしまった。「何で生まれてきたんだろう」「生きる意味って何だろう」。同級生にも大人に聞いても、思うような答えは返ってこない。そこで彼女は図書館に通い、哲学書から医学書まで、片っ端から本を読んだ。十三歳から二十歳までの数年間を、その問いと向き合うことに費やしたのだった。


食といのちへ、管理栄養士という道
薬も効かず、治療法もない。だからこそ「今の状態をほどよく保つ」食事の管理が、自分にできる最大のことだった。食事療法を学ぶうちに、「自分の経験を生かして誰かの役に立てるなら」と、管理栄養士をめざすようになる。それが、食の世界を仕事にしようと思った最初のきっかけだった。
けれど病院の現場に立つと、思い描いていた理想とのギャップに突き当たる。「とりあえず薬を飲んで、言われた通りにするから」と、自分自身では向き合おうとしない人の姿を、何度も目の当たりにしたのだ。彼女が願っていたのは、一人ひとりが自分の意思で自分の人生を生きること、自分の心と体に責任と愛情を持って向き合うこと。「いのちが今あることが、こんなに当たり前じゃないのに」——あと何年生きられるかわからない立場だったからこそ、その思いは人一倍強かった。
「重ね煮」というフィルターが広げる世界
そんな彼女が大切にしているのが「重ね煮」という調理法だ。長崎で、戦中戦後の食べ物がほとんど手に入らない時代に生まれたものだという。「あるものに感謝して、いかによりよくいただくか」。持っているものをよくしてやるのではなく、限られた素材に感謝し、調和させて、ありがたくいただく。そこには日本人ならではの感覚があるのかもしれない、と彼女は語る。
重ね煮を食べると、内側から巡りがよくなり、体温が上がり、ほっとするような感覚がある——そう実感する人は少なくないという。数字で測れることも大切にしつつ、直感や、気配のような目に見えないものも同じように大事にしていく。「見えるところも、見えないところも、どちらも大切にすることが、これからの時代には必要な気がします」。俳句が短い言葉に壮大な世界を集約するように、重ね煮もまた一つの「フィルター」なのだと彼女は言う。それを知り、取り入れてみることで、見えてくる世界が広がっていく。

目の前の一本のにんじんに感謝することから
暮らしが便利になるほど、食べ物が「カロリー」や「グラム」になり、いのちそのものへの敬意や感謝が二の次になってしまうことがある。もし、それで豊かさや幸せが少し遠のいているのなら——と彼女は静かに語りかける。「目の前の今日のこの一本のにんじんに、玉ねぎに感謝するところから」。自分たちはこの食材をいただくことで生かされている。そこに立ち返れる人、そう思える仲間が、いろんなところに増えていったらうれしい。やわらかな笑顔の奥に、確かなまなざしがあった。





