人気カメラマンのTSUGUさん 写心展『分岐点』直前対談!
写心展『分岐点』の開幕を間近に控えた会場で、人柄写心家のTSUGUさんに話を聞いた。準備の合間、撮影機材や試作のパネルに囲まれながら、ずっと「いつかやりたい」と思い続けてきた写心展に踏み切った理由から、ファインダーの向こうにある人との向き合い方まで、その言葉はゆっくりと、けれど確かな手触りをもって語られた。
「分岐点」というテーマが生まれるまで
写心展はずっとやりたかったけれど、やる理由がなかなか見当たらなかった、とTSUGUさんは振り返る。「いつかやりたい」と言い続けてやらないままだったが、そろそろいいだろうと日にちを決めた。テーマはあとから出てくるだろうと走り出した中で、ポコッと浮かんできたのが「分岐点」という言葉だったという。
いろんな人に、その人が前へ進むきっかけを作れたらいい。そう願ってきたことが、誰かの人生の分岐点になるのではないか。そう考えるうちに、これは自分自身にとっての分岐点でもあると気づいた。「これをやるって言うのは自分自身にとって分岐点になるし、ここに写っている人たちにとっての分岐点でもある」。それを見てさらに分岐点だと感じる人が出てくるなら、形にすることに意味があるのではないか、と。


一人ひとりに向き合う、その繰り返し
1日に何人もの撮影をこなすなかで、相手が変わるたびに切り替えているのかと問われると、TSUGUさんの答えは少し意外だった。意識して切り替えているわけではない、と言う。頭の中にたくさんの本棚があって、一冊を読み終えると次の本を手に取る——そんな感覚に近いのだという。手に取る本は一冊ずつまるで違うから、味わいも大きさも、その人のストーリーも自然と別のものになる。
だから撮影は「分岐」ではなく「連続」なのかもしれない。受け入れるのではなく受け止める。その人だけの連続したストーリーを、ともに読み、味わっているような感覚があるのだと話してくれた。
ボケもブレも、二人で作る一枚
写真がボケていたりブレていたりすることについて尋ねると、TSUGUさんはそれを意図して選んでいる部分が大きいと明かす。撮って出しでお客様に渡すことがほとんどで、ボケやブレも味わいの一つとして面白いと感じている。狙うのは一枚の完璧さよりも、撮影という体験そのものだ。「写真を物として提供していると思うけど、売っているのは体験」だと言い切る。
そして仕上がりをどう使うかは、すべて相手に委ねる。コントロールしたい気持ちがゼロではないけれど、それは相手の作品でもあり、一緒に作っているものだから。「僕の力と相手の力の交わったところで、その瞬間が作られていく」。だからこそ展示には、お客様が選んだパネルも自身が選んだものも並び、それぞれのベストが集まっているのだと語った。

この時代に、わざわざ「物」にして見せる意味
会場に並ぶ写真は、ピントが合ったものもあれば外れたものもある。何が良くて何が悪いかは人それぞれだが、見る人に何か感じる部分があればいい、とTSUGUさんは願う。ウキウキしているのか、ざわざわしているのか。その心の動きを自分の中で見つめてみたら、次に進むきっかけになるかもしれない。
オンラインが当たり前と言われる時代に、わざわざ印刷し、展示し、この現場に来てもらう。そこにしか味わえないものがあるからこそ踏み切った、と話す。撮る人の分岐、撮られた人の分岐、そして見に来た人の分岐——何重にも分岐点が重なる場として、写心展『分岐点』は静かに幕を開けようとしている。





