「声は、人生だった。」10年越しの回復を、時間の軸ごと映像に残す――シンガーソングライターLemeiのいま

会議や連絡や家のこと。声を使って回す日々のなかで、思うように声が出ない時間は外から見えにくいものです。京都府出身のシンガーソングライターLemeiは約10年間、発声障害と向き合い、2015年頃には個人の歌の活動を事実上諦めざるを得ませんでした。2025年8月に症状を克服した彼女は、その「これからの声」と人生の手触りを、継続的に記録するMV制作へ踏み出しています。

忙しい日の終わり、声がかすれて返事が短くなる。体調や気分のせいにしてやり過ごしながら、それでも翌日にはまた説明し、頼み、謝り、笑う。京都府出身のシンガーソングライターLemeiが経験した約10年の発声障害は、そんなふうに「声で暮らしが回っている」感覚の延長線上に、静かに現れていた出来事だったんです。

Lemeiという名前はいま、改めて“表に戻る人”として聞こえてきます。でも彼女の時間は、ステージの上だけでは測れません。2010年以降は音楽業界で裏方として、多くのメジャー楽曲制作にも関わっていたそうで、歌う人である以前に、現場に居続けてきた人でもあるんですよ。

一方で、発声障害と向き合った期間は約10年。長く続く不調のやっかいさは、原因も出口もひとつに決まりにくいところにあります。2015年頃から症状が目立つようになり、個人の歌の活動は事実上諦めざるを得なかった。そういう局面でも日常は止まりませんし、仕事は続くし、音楽も別の場所で続いていく——その重なりが想像できます。

声は、言葉の前にまず空気に触れます。言い方の角度や息継ぎの間、言葉の輪郭の硬さ・柔らかさまで、その日のコンディションがにじんでしまう。だから声の不調は、喉だけの話に閉じきらないんですね。Lemeiの十年も、結果だけを切り取れば遠回りに見えるかもしれませんが、そこで積み重なった時間の重さが、あとから静かに効いてくる種類のものだと思います。

転機として示されているのは2025年8月。長い試行錯誤の末、「ある偶然の出来事」をきっかけに症状を克服したとされています。偶然の中身は具体的に語られていない分、回復がドラマのように単純化されず、時間が連れてきた現実として置かれている感じがあります。現在はロックシンガーとしての本格的な表現活動の再始動に向けて、制作と自主トレーニングを重ねているそうです。

そして「回復したら終わり」ではなく、その後も声は変わっていく。Lemeiが立ち上げたのは、克服後の“これからの声”と“人生ストーリー”を記録するMV制作プロジェクトです。第一弾ではミュージックビデオ(MV)を制作予定。ただ単発の映像作品にとどまらず、過去の声・現在の声・そしてこれから新しく変わりゆく声を、一本の時間軸として提示していく継続的な表現として構想されています。プロジェクトタイトルの「声は、人生だった。──取り戻した歌声を、音と映像で記録する」は、その考え方をまっすぐに言い当てているんです。

クラウドファンディングはCAMPFIREで、実施期間は2026年3月17日から4月末日まで、目標金額は100万円。支援者を「立会証人〈Attestor(アテスター)〉」と位置づけるのも特徴で、関わる人の立ち位置を“応援”より少しだけ具体的にしています。リターンは、感謝証明書(PDF)/直筆メッセージ付きデジタルポストカード/立会証人認定証(名入り)/MVクレジット掲載/トークイベント参加券/スペシャルCD(ストレッチゴール達成後)など。音と映像の制作費という現実と、時間を目撃する人の名前が残る仕組みが、同じ机の上に置かれている感じがします。

リンク:クラウドファンディング(CAMPFIRE)https://camp-fire.jp/projects/917191/view
リンク:X https://x.com/satomisanxxx…

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出典

  • 原題:10年越しに辿り着いた発声障害克服の経験を“誰かの希望”に――京都府出身のシンガーソングライターLemeiが社会貢献型MV制作プロジェクト始動 – synchrophonicaのプレスリリース
  • URL:https://www.value-press.com/pressrelease/371349