名札を外した「わたくし」に、光が当たる——伊藤亜和さんが「わたくし、つまりNobody賞」を受賞

受賞のニュースなのに、やけに静かに響くのは、賞の名前に“ Nobody ”が入っているからかもしれない。

家のこと、仕事のこと、誰かの期待。気づけば一日じゅう、何かしらの“役割の名札”をぶら下げている。ふとした隙間に出てくる、説明しきれない感情は、たいてい後回しにされる。そんな日々に「名札を外した時間も、ちゃんと意味があるよ」と言われたみたいで、少し立ち止まってしまった。エッセイ集『存在の耐えられない愛おしさ』の著者・伊藤亜和さんが、「わたくし、つまりNobody賞」を受賞した。

「わたくし、つまりNobody賞」は、日本語で「哲学エッセイ」を確立した文筆家・池田晶子氏の意思と業績を記念して、新しい言葉の担い手に向けて設けられた賞。ジャンルを問わず、考えることを言葉で表し、そこから新しい表現の形をつかもうとする営みに価値を置く、とされている。選考もまた、“考える日本語”の美しさや、表現者としての姿勢・可能性を顕彰し、その人物を応援する趣旨で行われるという。

ここで、好きポイントはひとつだけ。「Nobody」という言い方が、欠けている人のことじゃなくて、“肩書きからいったん離れた状態”を指している感じがするところ。こういうの、地味に助かる。目立つ言葉より、ひとりの時間に残る言葉のほうへ、そっと寄っていく。

伊藤亜和さんは1996年、神奈川県横浜市生まれ。日本人の母とセネガル人の父のもとに生まれ、学習院大学文学部フランス語圏文化学科を卒業している。活動のきっかけとして知られるのが、noteに投稿したエッセイ「パパと私」。X(旧Twitter)で注目を集め、そこから文筆家としての活動が本格化した。

デビュー作のエッセイ集『存在の耐えられない愛おしさ』は、2024年6月14日にKADOKAWAから刊行(四六判・240ページ、定価1,650円)。同年11月に『アワヨンベは大丈夫』(晶文社)、翌年に『わたしの言ってること、わかりますか。』(光文社)と『変な奴やめたい。』(ポプラ社)も刊行している。ラジオパーソナリティやメディア出演など、文章の外側でも活動しているという。

拍手の大きさより先に、日常の小さな「考えごと」に目を向けたくなる受賞だった。“Nobody”は、空っぽというより、名札を外したときの軽さ。うまく言えないまま飲み込んできた感触にも、まだ言葉になる余地がある——そんな余韻が、静かに残る。

関連画像

出典